『カラ売り屋』は、世間では嫌われがちな「空売り屋」を、詐欺まがいの企業を暴く“正義のヒーロー”として描いた痛快な金融小説です。
悪を暴く爽快感と、狂気じみた仕事への執念が胸を打ちます。
「空売り屋=悪」という固定観念が180度覆る
「人の不幸で飯を食っている」
空売り屋(ショートセラー)に対する世間のイメージは決して良いものではありません。
株価の下落を見込んで利益を得る彼らは、企業の弱みにつけこむ悪党として嫌われがちです。
しかし黒木亮氏の経済小説シリーズ第1作『カラ売り屋』を読めば、その認識は一気にひっくり返ります。
そこには、市場の虚構を暴き、規律を守ろうとする「株式市場の警察官」のような姿が描かれているからです。
空売り専業ファンド「パンゲア&カンパニー」
物語の中心となるのは、ウォール街のアウトサイダーたちです。
- 元官僚の北川靖
- 社会に馴染めなかった米国人ジム・ホッジス
- ナイジェリア系米国人のアデバヨ・グボイェガ
彼らが運営する空売り専業ファンド『パンゲア&カンパニー』は、ただの金儲け集団ではありません。
陽光の下で慈愛を説き、月影の中で収奪を重ねる企業に目をつけ、身銭を切って彼らの悪事を白日の下に晒す。
世に背を向けた者たちが示す不器用な『正義』のありように、一種の清々しささえ覚えます。
西アフリカのゼネコン不正を暴く場面が圧巻
本書で彼らがターゲットにする企業の1つに、海底トンネル工事の順調さを装って株価を維持する建設会社があります。
実際には工事は難航し、現地では作業員への差別や蔑視が横行しているにもかかわらず、経営陣はその事実を隠蔽します。
あろうことか証券会社までが加担し、買い推奨のレポートで投資家を欺き続けていました。
こうした「世の中の誰もが許せない、しかし、どうすることもできない悪」に対し、空売り屋たちは容赦なく牙を向いていきます。
もちろん、ターゲットにされた企業も黙ってはいません。資本力や影響力、権威、コネといったあらゆる武器を使って対抗し、主人公達を追い詰めていきます。
『パンゲア&カンパニー』は空売りを仕掛けているため、ターゲットの反撃によって株価が吊り上がることで大きな含み損を抱えてしまいます。裏付けが取れるまで待つ余裕など微塵もありません。
しかし、確証のないまま告発に踏み切れば、虚偽情報の流布として自らが社会的に抹殺されるリスクも孕んでいます。
刻一刻と膨らむ含み損、そして暴かれるべき真実。
この『時間』と『事実』の狭間で繰り広げられる極限の攻防に、ページを捲る手はもはや止まりません。
情報収集への「狂気」と現場への執着が凄い
そんな『パンゲア&カンパニー』の武器は、徹底的な調査に基づいた事実(ファクト)です。
情報収集のためならなんでもする。
この言葉通り、主人公の北川はターゲット企業の嘘を暴くためなら、文字通り地球の裏側まで足を運びます。
- 嘘を暴くために単身で西アフリカへ飛び、工事現場に無謀にも飛び込む
- そこで作業員に接触し、自分の目で事実を確認するまでは決して諦めない
その手法には賛否が分かれるでしょうが、行動力と執着心はある種の狂気すら帯びていて、プロフェッショナルとしての圧倒的な凄みを感じさせます。
負ければただの「悪辣な手段」と見なされるからこそ、勝利で自らの正しさを証明するしかない。
そんなギリギリの境界線で戦う男たちの姿に、現実でもがくビジネスマンなら、熱いカタルシスを覚えることでしょう。
「明日への活力」が灯る、働く人へのエール
- 「村おこし屋」:平穏な村を蝕む不正に、たった一人で立ち向かう男の執念。
- 「エマージング屋」:ロンドン金融街の分厚い壁と差別に抗う、孤独な戦い。
- 「再生屋」:崩壊寸前のホテルを立て直すべく、泥を啜りながら奔走するプロの矜持。
どの物語にも共通しているのは、理不尽な組織や世の中の不条理に打ちのめされそうになりながらも、自らの仕事に誇りを持ち、戦い続ける男たちの姿です。
主人公達だけでなく、悪徳企業で苦悩しながら働き続ける人たちの姿にも目が離せません。
泥臭く、しかし誰よりも真摯に仕事と対峙する彼らの生き様。
それを読み終えたとき、「自分ももう一度、目の前の仕事に向き合ってみよう」という静かで熱い活力が湧いてくるはずです。
シリーズの入口として最適
『カラ売り屋』は空売り屋シリーズの第1作です。
この作品が面白いと感じた方はには、刊行順にシリーズを追いかけるのがおすすめです。
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