『ノスタルジアは世界を滅ぼすのか』書評|本当に「昔は良かった」のか?

ノスタルジアは世界を滅ぼすのか 書評 東洋経済新報社

「昔は良かった」

令和となった今、昭和や平成を懐かしむ言葉がさまざまなシーンで聞かれる。

しかし、本当に昔の方が良かったのだろうか。

昔は今より不便であり、貧しく、差別や格差も大きかったのは誰の目にも明白だ。それでも人々は、過ぎ去った時代の一部を切り取り、「あの頃は良かった」と振り返る。

アグネス・アーノルド=フォースター著『ノスタルジアは世界を滅ぼすのか――ある危険な感情の歴史』では、そんな「懐かさ」という感情の出どころを探っていく。

筆者自身、昭和レトロが好きであ利、ぼんやりと懐かしさを感じる田舎の風景や音楽などが大好きだ。

本書を読むことで、なぜ自分がそのように感じるのか、この感情の正体はいったい何なのか、少しだけ解像度が上がった気がする。

時折、現在の状況に寂しさを感じ、懐かしさに回帰したくなる。そんな人にはぜひ手に取ってほしい一冊である。

『ノスタルジアは世界を滅ぼすのか』はどんな本?

『ノスタルジアは世界を滅ぼすのか――ある危険な感情の歴史』は、英国の歴史家アグネス・アーノルド=フォースターによるノスタルジアの歴史書である。

原著『Nostalgia: A History of a Dangerous Emotion』は2024年に刊行。日本語版は月谷真紀訳で、2025年に東洋経済新報社から刊行された。

著者の専門は医学史、感情史、近現代英国史である。

そのため本書も、一般的な心理学の本とは少し違い、

「なぜ人は昔を懐かしむのか」という心理だけを説明するのではなく、そもそも人間が「ノスタルジア」と呼んできたものが、歴史の中でどのように変化してきたのかを追いかけていく。

病気、戦争、移住、心理学、広告、政治、脳科学。

一見するとバラバラな領域のなかで、「ノスタルジア」という感情がどのように扱われどのような役割を果たしてきたのかを眺めていく。

ノスタルジアはかつて「病気」だった

現在のノスタルジアから連想するのは、昔の音楽を聴いたり、子供の頃の写真を見たり、かつて暮らした街を思い出したりする感情だろう。

ところが、もともとの意味はかなり違った。

「nostalgia」という言葉は1688年、スイスの医学生ヨハネス・ホーファーが医学用語として使ったとされている。

ギリシャ語の「nostos(帰郷)」と「algos(痛み)」を組み合わせた言葉で、意味するのは現在のような「過去への郷愁」ではない。

故郷へ帰りたいという病的な欲求だった。

この「病気」は軍隊にも現れる。

米国の南北戦争では、北軍兵士について戦争初年度だけで5,213件のnostalgiaが記録されたとする医学史資料がある。食欲不振、不眠、不安、抑うつなどを伴い、当時は死亡にも結びつく病気として認識されていた。

もちろん、現在の医学から見れば話は別である。

当時nostalgiaと診断された症状には、うつ、不安、戦争ストレス、栄養不良など、現在なら別の病名で説明される状態が含まれていた可能性がある。

同じnostalgiaという言葉が、時代によってまったく違うものを意味してたのだ。

ここから本書は、感情について少し変わった見方を提示する。

怒り、悲しみ、懐かしさ。

こうした感情は人間が昔から同じ形で持っていたように思える。しかし、何を一つの感情として分類し、それを病気と考えるのか、正常な感情と考えるのかは、社会や文化によって変わる。

ノスタルジアの歴史は、そのことを非常に分かりやすく見せてくれる。

「昔は良かった」は過去ではなく現在を語っている

本書で特に注目したいのが、ノスタルジアを「過去についての感情」だけではなく、現在についての感情として考える視点である。

人は過去をそのまま再生しているわけではない。

膨大な記憶の中から一部を選び、それを現在から振り返っている。

では、なぜその記憶を選ぶのか。

著者は、ノスタルジアには「過去への欲望」だけでなく、「現在への不満」と「未来へのビジョン」が表れると考える。

たとえば「昔の会社は良かった」と話す社員がいる。

本当に昔の会社の制度や待遇がすべて優れていたとは限らない。

その人が懐かしんでいるのは、当時の裁量の大きさかもしれない、社員同士の距離の近さかもしれない、会社が成長している感覚や、自分が必要とされている感覚かもしれない。

つまり「昔は良かった」という言葉だけを歴史認識として扱うと、その裏にある現在への不満を見落としてしまう。

本書の枠組みを組織へ当てはめれば、ノスタルジアを「正しい過去の記録」ではなく、現在何が失われたと感じられているのかを知る材料として見ることができる。

政治でも同じことが起こる。

「国を取り戻す」。

「もう一度、偉大な国へ」。

こうした言葉が強いのは、戻るべき過去を細かく説明しなくても成立するからである。

問題は、誰にとっての「古き良き時代」なのかということだ。

政治はなぜノスタルジアを利用するのか

本書で政治的ノスタルジアの代表例として登場するのが、ドナルド・トランプの「Make America Great Again」と、Brexitをめぐる「Take Back Control」である。

どちらも「取り戻す」という発想を含んでいる。

しかし、いつのアメリカへ戻るのか?何を取り戻すのか?誰にとって偉大だった時代なのか?

そこは必ずしも明確ではない。

むしろ曖昧だからこそ、それぞれの人が自分の喪失感を自由に重ねられる。

現在への不満を、理想化された過去へ向かう物語に変換できるのだ。だからこそ政治的スローガンとしても大いに機能するのだろう。

2012年ロンドン五輪の開会式では、英国の国民保健サービスNHSが肯定的に演出された。

福祉国家や公共サービス、労働運動、かつて存在した社会的連帯を懐かしむ感情もまた、ノスタルジアになり得る。

また、政治心理学では、自分の家族や子供時代を懐かしむ「個人的ノスタルジア」と、昔のわが国を懐かしむ「国民的・集合的ノスタルジア」を分けて研究している。

このように、昔を懐かしむノスタルジアにもさまざまな領域があり、

さらに重要なのは、懐かしむという行為そのものより、何を懐かしみ、その過去に誰を含めているのかなのだろう。

「懐かしい」はビジネスにもなる

企業も昔からノスタルジアを利用してきた。

本書に登場する代表例が、英国のパンブランドHovisが1973年に放映した有名なテレビ広告である。

少年がパンを載せた自転車を押して坂を上り、そこに映し出されるのは、素朴で牧歌的な昔のイギリスだ。

過去をそのまま再現したのではなく、「懐かしい英国」というイメージを新しく作り、商品と結びつけたのである。

これは現在の広告でも珍しくない。

復刻版のパッケージ、昭和風の店舗、90年代のデザイン、昔のゲームやアニメのリメイク。

ノスタルジア・マーケティングの本質は、古いフォントや色を使うことではなく、商品を通して「自分はどこから来たのか」「誰と過ごしてきたのか」という記憶へ接続することなのだろう。

そこまで考えると、「懐かしい」という感情がなぜ企業にとって価値を持つのかが見えやすくなる。

ノスタルジアは本当に危険な感情なのか

ここまでを見ると、ノスタルジアはかなり危うい。

存在しなかった「古き良き時代」を作り出し、商品を売る。

政治家が利用すれば、現在への不満を過去への回帰へ変えることもできる。

それなら、ノスタルジアなど捨てた方がいいのではないか。

本書はそうは結論づけない。

現代心理学では、むしろノスタルジアの肯定的な機能について多くの研究が行われている。

2000年代以降の研究では、孤独や不安などがノスタルジアを誘発し、懐かしい記憶を思い出すことで、社会的なつながりや肯定的な自己評価、人生の意味などを補う可能性が示されてきた。

ここで重要になる概念が「自己連続性」、過去の自分と現在の自分が、同じ一つの人生としてつながっているという感覚である。

昔の友人、家族、学校、音楽、場所ーーそうした記憶を思い出すことで、今の自分は突然ここに存在しているわけではなく、必然であると体感できるのだ。

2026年時点の大規模な統合研究でも、数百の実験をまとめた結果、ノスタルジアには小~中程度の平均的な心理的便益が報告されている。

ただし、「ノスタルジアが心を治療する」とまで言ってしまうと強すぎる。

多くの研究が測定しているのは短期的な気分や自己評価などであり、長期的な精神疾患の治療効果とは別問題である。

認知症で研究されている回想法についても一定の肯定的結果は存在するが、一般的なノスタルジアそのものと同一ではない。

ここでも善悪の二択は役に立たない。

ノスタルジアは、人を過去へ閉じ込めることもあれば、現在を生きるために過去とのつながりを取り戻す材料にもなる。

本書の議論はどこまで信用できるのか

本書の強みは、その圧倒的な射程の広さにあると思う。

17世紀の医学から始まり、戦争、移住、精神分析、大衆文化、広告、政治、心理学、脳科学まで話が進んでいく。

普通なら別々の本で扱われるテーマが、「人間はなぜ過去を懐かしむのか」という一点でつながっていく。

一方、この広さはそのまま弱点にもなると思った。

そもそも17世紀の医学的nostalgiaと、現在の「昔が懐かしい」という感情を、一つの対象として連続的に扱ってよいのか。

この点は専門家からも疑問が出ている。

UCLで行われた刊行記念討論では、政治理論研究者Emily McTernanが、初期近代の医学的nostalgiaと現在のnostalgiaに、一つの歴史として語れるほどの連続性があるのかを問題にしている。

本書が医学史、心理学、政治、広告、神経科学まで横断する以上、すべての分野を同じ深さで検証するのは難しい。

実際、専門家による書評でも、射程の広さを評価する一方、一部の議論は十分に展開された結論というより示唆的な段階にとどまるとの指摘がある。

逆にいえば、本書はノスタルジアについて、一つの最終回答を与える専門書というより、

これまで別々に存在していた医学史、政治、心理学、消費社会を一つの感情から眺めるための入口として読む方が分かりやすい。

著者自身も心理学者やマーケティング研究者ではなく、医学史・感情史を専門とする歴史家である。

その専門性が最も強く表れるのは、私たちが当たり前だと思っている「感情」そのものを歴史の対象にするところだ。

『ノスタルジアは世界を滅ぼすのか』がおすすめな人

  • 昭和・平成・90年代など、レトロブームが繰り返される理由を知りたい人
  • 広告やブランドが人の記憶や感情をどう利用しているのか考えたい人
  • 歴史や心理学を、社会や政治とのつながりから学びたい人
  • 企業や組織で語られる「昔は良かった」という言葉の背景を考えたい人

総評|過去を見る本ではなく、現在を見るための本

『ノスタルジアは世界を滅ぼすのか』という日本語タイトルだけを見ると、「懐古主義が政治を危険にする」という本を想像しやすい。

しかし、本書がたどり着く場所はそこではない。

ノスタルジアは政治に利用され、広告にも利用され、存在しなかった「古き良き時代」を作り出すこともある。

一方で、家族や友人との記憶を思い出すことで、人は自分が歩いてきた人生の連続性を確認し、孤独や不安に対処できる場合もある。

だから「ノスタルジアは良いのか、悪いのか」と聞いても、あまり意味がなく、見るべきなのは、その中身なのだろう。

曖昧な結論かもしれない。

でも、誰が何を懐かしんでいるのか、その「古き良き時代」は誰にとって良かったのか、そこから誰が消えているのか、そして、なぜ今その過去が必要なのか。

この問いを持つと、「昔は良かった」という言葉の見え方が変わってくると思う。

筆者の懐かしさや寂しさの感情の解像度も少し上がった気がした。そして、その感情をエネルギーに変え、自分の人生で何をしたいのかが少し見えてきた気がする。

ノスタルジアが映しているのは、過去だけではない。

むしろ、その過去を必要としている現在の姿こそ、本書を通して見えてくるものなのだ。

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