投資銀行は、いったい何を売っている会社なのか。
M&Aを仲介する会社、株や債券を売買する会社、複雑な金融商品を作る会社。
どれも間違いではないが、それだけでは投資銀行という巨大な組織の一部分しか見えてこない。
黒木亮の『巨大投資銀行』は、その全体像をM&A、裁定取引、デリバティブ、新興国市場といった異なる金融ビジネスから描いた国際金融小説である。
2005年にダイヤモンド社から上下巻で刊行され、後に角川文庫、日経文芸文庫でも刊行された。角川文庫版だけでも上巻576ページ、下巻592ページ。黒木作品の中でもかなり大きなスケールを持つ長編だ。
物語の軸となるのは、桂木英一、竜神宗一、藤崎という三人の金融マン。
桂木は旧態依然とした日本の銀行に失望し、ウォール街の投資銀行へ移る。そこでM&Aなどの案件に関わりながらインベストメント・バンカーとして経験を積んでいく。
竜神は山一證券出身の天才トレーダーとして金融工学と裁定取引を武器に市場で戦い、藤崎はデリバティブ・セールスマンとして金融商品を顧客へ売り込んでいく。
三人が同じ仕事をしているわけではない。
ここが本作を理解するうえで重要である。
投資銀行は一体何を売っているのか?

「投資銀行」という名前から、日本のメガバンクのような銀行を想像すると、本作で描かれる仕事はかなり違って見える。
預金を集めて企業へ貸し出すことが中心ではない。
企業買収の助言や企業や政府の資金調達の支援、市場での債券や株式の取引、デリバティブ商品の開発と顧客への販売。
投資銀行は金融に関する専門知識そのものを商品にしている組織ともいえるだろう。
本作『巨大投資銀行』では、この巨大な商売を三人の人物に分けて見せていく。
桂木英一|企業を動かすM&A・投資銀行業務
桂木が見せるのは、企業に最も近い投資銀行の世界だ。
日本の銀行からウォール街へ移った桂木は、M&Aをはじめとする案件に携わっていく。
M&Aというと、企業を買うか売るかという結果に目が向きやすいが、投資銀行の仕事は単純に企業同士を引き合わせるだけではない。
企業価値の分析から買収戦略、資金調達、経営陣の説得など、下流から上流まで一気に担う。
一つの企業の将来を左右する意思決定の裏側で、金融機関がどのような役割を果たしているのか。本作では、その仕事そのものが物語を動かしていく。
そして面白いのが、M&Aという仕事も永遠に儲かるわけではないことだ。
市場が活況なら案件は増えるが、景気が変われば仕事そのものが減る。実際、下巻には「M&A冬の時代」という状況が置かれている。
どれだけ優秀な金融マンでも、自分の能力だけでは市場環境を変えられない。
そこから本作は、一人のバンカーの成功譚だけではなくなっていく。
竜神宗一|市場から利益を生む天才トレーダー
企業を相手にする桂木とは違い、竜神宗一の主戦場は金融市場だ。
山一證券出身の「天才トレーダー」「伝説の男」と紹介される竜神は、金融工学と裁定取引を駆使して日系証券と競っていく。
裁定取引とは、簡単にいえば複数の商品や市場に生じた価格差を利用する取引である。
理論上は同じような価値を持つものに価格差が生まれれば、そこに利益を得る機会が生まれ、金融市場では、そのわずかな歪みを見つける能力が巨額の収益につながる。
竜神の存在によって、本作のスケールは企業から市場へ一気に広がる。
さらに興味深いのが、どれだけ優秀なトレーダーであっても、所属する巨大組織から自由ではないことである。
物語後半で竜神は米国債不正入札をめぐる危機に直面する。
現実でも1991年にアメリカの大手投資銀行ソロモン・ブラザーズが顧客名義を勝手に使用して米国債を買い占めた事件が起きており、本作ででてくる描写に近いものがある。
藤崎|金融商品を顧客へ売るデリバティブ・セールス
桂木が企業への助言、竜神が市場取引を見せるのに対し、藤崎が見せるのは「金融商品を売る側」の仕事である。
藤崎はデリバティブ・セールスマンとして損失先送り商品を扱い、その後は新興国市場へ活動領域を移していく。
ここから見えてくるのは、金融機関が単に「良い商品」を売っているわけではないという現実だ。
顧客には顧客の事情がある。たとえば企業が大きな損失を抱えていても、それを今期の決算には出したくない場合がある。
その需要に応える金融商品を作れば、金融機関にとってはビジネスになるのだ。
問題は、それが誰のための商品なのかということだ。
金融機関だけを強欲な悪役として描けば話は簡単である。しかし、その商品を求める企業側にも事情がある。
「損失を認めたくない企業」と「その需要を金融商品にする金融機関」。
この関係を見ると、金融の問題が企業だけの倫理ではなく、双方のインセンティブによって生まれていることが分かる。
金融工学をさまざまな視点から捉えられる

本作には金融工学やデリバティブが繰り返し登場する。
このあたりは金融知識がない読者にとって最も難しく感じやすい部分でもある。
しかし、金融知識を完璧に理解して読む必要はない。
むしろ大まかな仕組みさえ知っていれば、物語として登場人物の仕事を追いかけていくことで知識を深めることができる。
裁定取引が生み出す利益
本作で竜神が扱う裁定取引は、その代表である。
わずかな価格差を見つけて取引するこのトレードは、その差が小さくても、巨大な資金を動かせば利益は大きくなる。
実際に裁定取引に絡む詐欺や不正事件は何度も起きており、近年では仮想通貨やAI取引システムとも絡めた詐欺商法によって多くの被害者も出てしまっている。
金融工学が分かる人間と分からない人間では、同じ市場を見ても見えているものが違う。
この「知識の差」が、そのまま競争力になる世界なのである。
一方で、金融技術が高度になるほど、顧客との情報格差も大きくなる。
ここから金融工学には別の顔が現れる。
デリバティブが示す金融の危うさ
藤崎が関わる損失先送り商品も、金融専門職の高度さと危うさを象徴する存在である。
金融派生商品(デリバティブ)は、さまざまなニーズをお金に変える、いわば現代の魔法ともいえる。
為替や金利の変動リスクを抑えたり、企業が抱えるリスクを別の主体へ移転したり、複数の商品を組み合わせることで、それまで扱いにくかったリスクに値段をつけることもできる。
しかし、その高度な技術は必ずしも問題を解決するためだけに使われるわけではない。
複雑な金融商品が世界中にリスクを拡散し、リーマン・ショックへとつながったように、使い方次第では金融システムそのものを揺るがす危険性もある。
本作で描かれる損失先送り商品も、問題を解決するのではなく、企業が抱える損失を一時的に見えなくするために金融技術が利用された例である。
金融技術そのものに善悪はない。
裁定取引では高度な金融知識が市場の歪みを利益に変える一方、複雑な金融商品は顧客との知識差を利用して利益を生む道具にもなりうる。
人間のさまざまなニーズをお金に変えられるほど高度だからこそ、その使い方を誤ったときの危うさも大きい。
その両面が同じ金融技術の中に存在しているところに、金融という仕事の面白さと怖さがある。
日本の金融機関はなぜウォール街に遅れたのか

物語の出発点には、日本の銀行に失望してウォール街へ向かう桂木がいる。
この構図だけを見ると、「保守的な日本企業から優秀な人材が外資へ飛び出す話」に見えるが、当時の金融史を重ねると、少し違う景色が見えてくる。
1980年代の日本は、金融自由化が進み始めた大きな転換期にあった。
それまで規制の強い銀行中心の金融システムで発展してきた日本に対し、ウォール街では証券市場、M&A、トレーディング、金融工学が急速に拡大していた。
日本とウォール街の差は、「日本人が保守的だから」という精神論だけでは説明できず、規制、市場構造、金融商品の発達、人材の評価、報酬体系、情報量など、
そもそもまったく異なるシステムの中で金融機関が戦っていたのだ。
そして本作は、ウォール街へ行けばすべて解決するとも描いていない。
海外金融機関にも利益至上主義があり、組織の問題があり、不祥事がある。
金融マンが向き合うのは「日本か外資か」という二択ではなく、自分が持つ専門能力を、どこで、何のために使うのか。
そこまで視点を広げると、桂木のキャリアも単なる外資転職物語とは違って見えてくる。
黒木亮だから書けた金融小説
本作の専門性は、黒木亮自身の経歴と切り離せない。
黒木氏は銀行、証券会社のロンドン投資銀行部、総合商社で勤務した経歴を持つ。1988年にはロンドンへ赴任し、中東・アフリカ・欧州を舞台に国際金融案件へ関わった。
黒木氏は、自分の経済小説を業界関係者の参考書や副読本にもなりうるものとして書く意識があると語っている。
『巨大投資銀行』には、その姿勢がかなり強く表れており、M&A、裁定取引、デリバティブ、新興国市場など、
普通の小説なら説明を削ってテンポを優先しそうな部分まで踏み込む。
当然、その情報量は読者を選ぶ。
しかし、この専門性を削ってしまえば『巨大投資銀行』ではなくなる。
金融用語を並べて雰囲気だけを作っているのではなく、その金融商品や取引がなぜ利益になるのかまで描くからこそ物語が具体的になる。
黒木作品が「難しいのに読める」と評価される理由も、おそらくここにあるのだろう。
専門知識が物語を止める説明ではなく、事件を起こす原因として使われているのだ。
『巨大投資銀行』がおすすめな人
- M&Aや証券会社の仕事に興味がある人
- 投資銀行のビジネスや収益構造を知りたい人
- ブラックマンデーやバブル崩壊などの金融史に興味がある人
- 国際金融をテーマにした小説が好きな人
- 人間ドラマより、仕事や金融市場の仕組みを読むことが好きな人
総評|巨大金融機関ではなく「金融という世界」を描いた物語
| 項目 | 評価 |
|---|---|
| 面白さ | ★★★★☆ |
| リアリティ | ★★★★★ |
| 読みやすさ | ★★☆☆☆ |
| 共感度 | ★★☆☆☆ |
| 総合 | ★★★★☆ |
『巨大投資銀行』を、ウォール街で成功する金融マンを描いた物語として読むだけでは、全体のスケールを捉え切れない。
桂木、竜神、藤崎の三人の仕事を並べることで、投資銀行という組織が初めて一つの形になる。
そして、その巨大組織さえ金融市場の変化には逆らえない。
ブラックマンデーやM&A市場の冷え込み、新しい金融商品の派生、新興国市場など金融システムそのものが変わるたびに、人間の働き方も変わる。
本作の本当の主役は、時代とともに形を変え続ける金融市場そのものなのかもしれない。
『巨大投資銀行』を読むと、ニュースで聞く「ウォール街」や「投資銀行」という言葉の後ろに、具体的な仕事と人間の姿が見えてくる。
そこが、本作を今読んでも古びにくい理由の一つである。
黒木亮の金融・企業小説をもっと読む
『巨大投資銀行』で黒木亮の描く金融の世界に興味を持った方は、ほかの作品もあわせて読んでみてほしい。
企業を徹底的に調査し、その実態を暴いていく投資家を描いた『カラ売り屋』シリーズ、巨大組織とそこで働く人間を描いた『ザ・原発所長』など、作品によって異なる角度から金融・企業・社会の仕組みを知ることができる。


また、黒木亮の作品をまとめて探したい方は、「黒木亮おすすめ小説ランキング」も参考にしてほしい。


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