社会人野球が熱い。
プロ野球や高校野球とは違い、企業に所属する選手たちが、社員として働きながら隙間時間で練習を積み重ね、チームの看板を背負って戦う。その一方で企業の野球部には、競技の勝敗だけでは決まらない厳しい現実がある。
池井戸潤の『ルーズヴェルト・ゲーム』は、その両面を描いた小説だ。
舞台は経営危機に陥った中堅メーカー・青島製作所。会社を立て直すためにリストラが進められるなか、歴史ある野球部にも廃部の危機が迫る。
野球部を応援したい。しかし、会社の経営が苦しいとき、野球部だけを特別扱いできるのか。
本作は社会人野球の熱いドラマと企業がスポーツを支える難しさを同時に描いている。
そして、この問題は決して小説の中だけの話ではない。
『ルーズヴェルト・ゲーム』のあらすじ
『ルーズヴェルト・ゲーム』は、池井戸潤による長編小説。2012年に講談社から単行本が刊行され、2014年にはテレビドラマ化された。
物語の舞台となるのは、技術力を持ちながらも業績不振に苦しむ青島製作所。
会社は経営再建を迫られ、リストラを進めることになる。そんななか、かつて名門だった社会人野球部の存続も問題になる。
一方、青島製作所の技術力に目をつけたライバル企業・ミツワ電器は、合併を提案してくる。
会社の独立を守り、野球部は存続できるのか。
青島製作所は企業としても野球チームとしても負けられない戦いに直面する。
タイトルの「ルーズヴェルト・ゲーム」は、アメリカのフランクリン・ルーズヴェルト大統領が好んだとされる、8対7のような点の取り合いになる野球の試合に由来する。

フランクリン・ルーズヴェルト Wikipediaより
一度劣勢に立たされても、まだ勝負は終わらない。その逆転の可能性が、野球だけでなく会社の経営にも重ねられていく。
社会人野球の熱さが詰まった物語
本作で重要なのは、野球部が単なる会社の付属組織として描かれていないことだ。
青島製作所の野球部は、かつての名門でありながら低迷し、存続を危ぶまれている。チームを立て直すために新監督が招かれ、選手たちも再び勝負に向き合っていく。
中心人物の一人には、かつて有力な選手として活躍していたが、あることがきっかけで野球から離れていた投手も登場する。
野球から離れていた選手が再び自分の力を発揮していく過程は、社会人野球という舞台ならではのドラマになっている。
ここで選手たちが背負っているのは、単に一試合の勝敗だけではない。彼らの所属する野球部そのものが、会社の経営判断によって存続を左右される立場にある。
試合に勝つことと、野球を続けられることは、必ずしも同じではない。
この二つが重なっているからこそ、『ルーズヴェルト・ゲーム』の野球パートには独特の緊張感がある。
会社が苦しいとき、野球部は残せるのか
本作のもう一つの中心は、野球部の存続をめぐる経営判断だ。
青島製作所は業績不振に陥り、社員の雇用や事業の見直しを迫られている。
そんな状況で、野球部の維持に費用をかけ続けることはできるのか。
社長にとって、野球部の存続は単純に「残したい」「残したくない」で決められる問題ではない。
会社全体を守る責任がある以上、野球部だけを例外にするわけにはいかないからだ。
一方、野球部長をはじめ、チームを支えてきた人々にとって、野球部は単なる経費の項目ではない。
選手が積み重ねてきた時間、会社の看板を背負って戦うこと、社員や地域とのつながり。そこには損益計算書だけでは表しきれない価値がある。
野球部は「無駄」なのか
池井戸潤は、本作の刊行時に、利益を直接生まないものを「無駄」として削っていく社会への問題意識を示している。
企業スポーツは、売上や利益を直接生む事業とは性格が異なる。経営が悪化すれば、削減対象として名前が挙がりやすい。スポーツに興味のない株主からすれば、ただの娯楽にしか思えないかもしれない。
だからといって、企業がスポーツに取り組む意味はないのだろうか。
野球部は、社員が同じチームを応援するきっかけになり、地域との接点にもなる。企業の名前を背負って戦う選手たちの姿は、会社の文化の一部にもなり得る。
無駄を削った結果、会社にとって大切なものまで失ってしまうのではないか。
かつて日産自動車の社長にカルロス・ゴーンが就任した際、名門であった日産自動車野球部は経営改革のため休部を余儀なくされた。
しかし2025年、日産自動車野球部は復活を果たす。
決して経営状態が良いとは言えない、世論や株主からすると「こんな時に何をやっているんだ」と言われてもおかしくないかもしれない。
それでも日産自動車野球部の試合には、かつてファンだった人たちが16年越しの思いを持って詰めかけ、大声援を送った。
応援席には社員だけでなく、日産自動車野球部の拠点がある横須賀市の役所や消防団なども加わり、まさに地域のつながりや想いを感じさせる光景が広がっていた。
目に見える数字だけではわからない経営合理性が働き、企業を押し上げることだってあるのではないか。
1つにまとめることが難しい大企業だからこそ、スポーツをきっかけに団結して会社の力となることもあるのではないか。
企業スポーツを無駄にするか、無駄だと思うかは、ステークホルダー次第なのだと思う。
野球だけではない、青島製作所のもう一つの勝負
本作は社会人野球を題材にしているが、野球部の試合だけが描かれるわけではない。青島製作所の経営をめぐる企業ドラマも、物語の大きな柱になっている。
青島製作所は優れた技術力を誇る。しかし、優れた技術を持つことと、会社として生存競争に勝てることは同じではない。
製品の開発スピード、取引先との関係、競合企業の攻勢など、会社を取り巻く問題は複雑だ。
こうしたなか、ライバル企業からの合併の提案が持ち込まれる。
会社を存続させるために、他社と一緒になるという選択肢もあるが、同時に、青島製作所が積み重ねてきた技術や企業文化を、同じ形で残せるとは限らない。
ここでも問われるのは、何を守り、何を変えるのかという問題である。
野球部では選手や監督が勝利を目指して戦い、会社では社長や技術者、社員たちが生き残りを懸けて戦う。
二つの戦いが並行して進むことで、物語には独特の勢いが生まれている。
『ルーズヴェルト・ゲーム』はこんな人におすすめ
- 社会人野球や都市対抗野球を楽しんでいる人
- スポーツチームの廃部・存続をめぐる問題に関心がある人
- 『下町ロケット』のような製造業の企業ドラマが好きな人
- 野球と仕事の両方を描く群像劇を読みたい人
- 野球の専門知識がなくても楽しめるスポーツ小説を探している人
まとめ|社会人野球の熱さと企業スポーツの現実
野球部が勝つために努力することと、会社が野球部を維持できることは別の問題である。どれだけ熱い試合をしても、母体企業の経営が苦しくなれば、チームの存続が問われることがある。
企業がスポーツを支える意味は何なのか。
経営の合理性と、数字だけでは測れないスポーツの価値は、どうすれば両立できるのか。
『ルーズヴェルト・ゲーム』は、社会人野球の熱さを描きながら、その背景にある企業スポーツの難しさにも目を向けさせる一冊だ。
次に読むなら|おすすめの企業小説2選
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『ルーズヴェルト・ゲーム』で描かれる企業の生き残りを懸けた戦いに興味を持ったなら、大西康之の『会社が消えた日』がおすすめ。
かつて日本を代表する電機メーカーだった三洋電機が、経営危機を経て事実上消滅するまでを追ったノンフィクション作品である。

黒木亮『ザ・原発所長』
企業の経営判断と現場で働く人々の葛藤に興味を持ったなら、黒木亮の『ザ・原発所長』。
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